2020-01-21

さいちちゃんvs100均ゴング

皆様こんにちは!
アルルネ鍼灸治療サロンでございます。

☆今回は、先におまけ画像です☆

パンチューリのマッサージオイル

お客様から、タイのお土産で、パンチューリのジャスミンのマッサージオイルを頂きました(^^♪

パンチューリ、お恥ずかしながら私は、今までこのブランドの存在を知らなかったのですが、調べてみたところ、銀座にサロンがあるようです。
行ってみたい!

こちらのマッサージオイル、ジャスミンの香りは控えめながらにも柔らかくとっても上品で、全身に塗布しても全く嫌味がなく、ものすごく幸福感に包まれます!
お肌はすべすべというよりも、つるっつるになります。

もともとはバスオイルのようですので、入浴剤やお風呂タイムでのマッサージとして利用するアイテムではありますが、乾燥するこの時期にお部屋でのマッサージにも全く問題なく使えました。

さて、昨年末に途中になってしまったブログの続きとなりますが、

意外にも思った以上に皆様からコメントを頂き、

「臓器移植について、勉強になりました。」
「臓器を複数移植したりするんですね。」
「脳死について考えた事がなかったけど、意外に身近にこういう人がいるってビックリしました。」
「今後手術を控えていて怖くてたまらなかったのですが、さいちさんも大きな手術を乗り越えて元気になったんだから、私も頑張ろうと勇気をもらいました。」

などなど、何か考えるキッカケになってくれたようで、とても嬉しいです。

で、

「それで、『さいちvs全身麻酔』はどこに行ったんだ?」

という話なのですが…

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2014年2月7日(金)に8時間に及ぶ『膵腎同時移植』という手術を受けた、当時32才のさいちちゃん。

手術が終わって目が覚めたらそこは、病院の集中治療室(ICU)で、

目が覚めたとは言っても、意識はなんだか虚ろと言いますか、自分自身起きようとしているのかこれから寝ようとしているのか分からない状態で、体も体を包む空気もぼんやりしている感じで、

と、

なんだろう、体が全然動かない…

左前腕には点滴の針、右上腕には血圧計のマンシェット、右手の人差し指には酸素計、口元には大きな酸素マスク、両足には血栓予防のための弾性ストッキングとフットマッサージャー、おへそのすぐ左側には移植した新しい腎臓から漏れ出てくる浸出液を排出するためのドレーン(管)、おへそのすぐ右側には移植した膵臓から漏れ出てくる浸出液を排出するためのドレーン(管)、鼻の穴から謎の管がのどの奥まで通っていて息苦しく、

そして、私が意識のない間に一体誰が入れたんだか、
尿道カテーテル…

看護師さん「今から24時間は、移植した臓器がまだ不安定で、動きやすくなっているので定着させるために、絶対にベッドから起き上がったり、足を上に上げたりしないで下さい。絶対に体を動かさないで下さい。」

いや、こんなに全身をあらゆる医療ツールで縛られているんだから、そんな事いちいち言われなくたって、動けねーっつーの。

普通、膵臓も腎臓も体の背面に位置していますが、私の体の中にもともと備わっている膵臓と腎臓は取り出さずにそのまま残しておいて、脳死ドナー様から頂いた膵臓と腎臓はそれぞれ、子宮の前に植えられ、

なんと、小腸とつながっています。

ところで、全身を医療ツールで束縛されている事とは別に、とにかくとにかく、

全身麻酔の副作用で、吐き気が止まらない。
麻酔のせいで胃の機能が止まっているとかなんとかで、手術日前夜から全く食事を取らなくなってからもう24時間以上経つわけで胃の中は空っぽのはずなのに、のどの奥に指を突っ込んで何かを吐き出さないと居ても立ってもいられない、この初めて味わう不快な気持ちは一体なんぞ。

何も出ないのを承知で、何か出てきてくれるなら何でもいいから出てきてくれと、私がのどの奥に指を突っ込んで何かを吐き出そうと嗚咽を吐いていると、

看護師さん「あー!ダメダメ!不潔だからダメよ!」

看護師さんがどこからともなく走ってきて、私の嗚咽を阻止してきました。

さ「気持ち悪いんです…」

看「ダメよ、何も食べていないんだから何も出てこないわよ。」

ICUにはベッドが何台もあって、ICUのベッドに寝ている患者のみんなはけっこう大きな手術をしたばかりの人たちだと思うのですが、

なぜだろう、嗚咽を吐いて叫んでいるのは、どうも私だけらしい。

体を動かす事もできないし、ただ寝てろと言われてもとにかく吐き気で気持ち悪いし、手術後24時間は水を飲む事もNGらしいし、

とりあえず眠ってしまえばよいかと目を閉じてみるけれど、吐き気の気持ち悪さで全然眠れず、この状態はいつまで続くのかと考えると気が遠くなり、眠ったフリをして、「もう1時間くらいは経っただろう。」と目を開けて、看護師さんに時刻を尋ねたら、目を閉じてまだ10分も経っていない…という繰り返しを30回ほど続けて、そのうちだんだんと、

「生きるための手術をしたのに、この手術、本当にやると決めてよかったのか?私は一生、この気持ち悪さと戦っていくのか?」

と、あらぬ方向に考えを馳せるようになりました。

なんとか24時間が過ぎ、「歯は磨いてもよい」というお許しが出て、看護師さんが歯ブラシと洗面器を持ってやって来ました。

チャンス!

と思って、歯ブラシをのどの奥に突っ込んで嗚咽を吐くさいちちゃん。

看「あー!ダメじゃない!」

さ「やだー!歯ブラシ返してよー!」

看護師さんに歯ブラシを取り上げられる当時32才のさいちちゃん…。

主治医の先生がやって来て、

「さいちさん、看護師さんから聞いたけど、不潔だからのどの奥に指とか歯ブラシ、突っ込んじゃダメだよ?」

看護師さん、さ「吐き気が気持ち悪いんです。」

看護師さんからもお医者さんからも注意され、ICUの人間が全員敵に見えてきました。
この敵たちに、この辛さをどのように伝えれば、嗚咽禁止が解除になるだろうと考え、

ーそうだ、気持ち悪い事を訴えるために、何度もナースコールで看護師さんを呼べばいいんだ!

私はナースコールを押しては看護師さんをベッドに呼んで、吐き気で気持ち悪い事を訴えました。

最初は「必ず気持ち悪さはなくなっていくから、がんばってね。」とか、「辛いよねぇ。うがいだけする?」など気にかけてくれた看護師さんたちも、そのうち私に対して、当然ながら面倒くささ満開モードを隠しきれなくなり、何十回目かのナースコールを押した時、ベッドサイドの壁に備え付けられているスピーカーから、

「どうされましたー?」

という看護師さんの声。
看護師さんたちはもう直接私のベッドには来てくれなくなり、ナースステーションから私のナースコールに対応するようになってしまいました。

という事は待てよ?看護師さんたちが私のベッドに来ない間は、私が自由に嗚咽を吐いてもバレないんじゃないか?と気づき、看護師さんたちが来ないのをよい事に、のどの奥に指を突っ込んだところ、

「ナースステーションから見てるわよ。」

スピーカーから、また看護師さんの声。
ナースステーションにモニターがあって、どうもベッドの私を監視しているらしい。

それで今度は、お布団を頭まですっぽりかぶって、全身を隠して嗚咽を吐いていたところ、

看「隠れても無駄よー!」

またスピーカーから看護師さんのあきれた様子の声…。

看護師さんたちとバトルをしているうちに私もだんだん疲れてきて、ぐったりしていると、そこへ1人の看護師さんがやって来ました。

看「ねぇ、のどの奥に指を突っ込むと、そんなに気持ちいい?」

さ「…はい(涙)」

看「…じゃあ、1回だけよ。」

さ「いいんですか??!!」

看護師さんは、私に洗面器と歯ブラシを渡してくれました。
看護師さんがあきれた様子でこちらを見ている中、私は水を得た魚のように、歯ブラシをのどの奥に突っ込み、幸せいっぱいに嗚咽を吐きました。

翌朝早々、私のベッドの周りに看護師集団がやって来て、彼女たちはベッドごと私を、ある場所に移動したのです。

そこは、完全なる隔離部屋で、他の患者たちは1人もいない暗くて小さな部屋でした。

1人の看護師さんが、私のてのひらに、ある物を置きました。

看「この部屋は、ナースコールはないから。」

私のてのひらに乗っていたのは、ダイソーなんかの100均ショップなどで売っているような、プロレスのゴングのすんげーちっちゃいバージョンの、要はそういう陳腐なベルで、

看「用がある時は、これを叩いて鳴らして知らせて下さい。」

ゴングを鳴らしてみると、

ちーーーーん

どうしよう、ファミレスの各テーブルにこれが置いていて鳴らしたところで、ウエイトレスは絶対に気付かないだろうなってくらいの、小さな金切り音が鳴りました。

患者にナースコールを渡さないって、これは患者ハラスメントじゃないのか?と思いながら、私は心を落ち着けるために、ゴングを鳴らしました。

ちーーーん

ダメだ、こんな音じゃ、絶対に看護師さんたち、気付いてこの隔離部屋に入ってきてくれるわけがない。

私は手術後2日目でまだまだ全身を医療ツールで縛られて体力もあまりない中、魂をふり絞って、ゴングを鳴らしました。

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン!!

左手で連打したゴングの音は、隔離部屋の外へ一生懸命出ようとしましたが、外のナースステーションには届きませんでした。

さ「私、もうここから一生出られないのかなぁ…。」

吐き気の気持ち悪さよりも、孤独による不安感の方が勝るようになってきました。

臓器移植を受けた人って、みんなこんな気持ちを経験するの?脳死ドナー様とめぐり逢えてとっても幸運だけど、こんな辛い事を乗り越えなければいけないの?
こんな試練があるなんて、手術前のインフォームドコンセントではお医者さんも看護師さんも教えてくれなかったのに…

泣きながら隔離部屋で一晩を過ごし、手術後3日目となりました。

と、

私と私を乗せたベッドはまたまた、看護師さんたちの手で移動させられたのです。

次の移動先はなんと、ICUを飛び出して、一般病棟の腎臓外科の個室でした。

実は、臓器移植手術後1週間は術後経過を医療スタッフがこまめにチェックするためにICUのベッドにいなければいけないという事だったのですが、

私がICUであまりにもうるさい上に、経過もあまりに順調過ぎたもので、手術後たった3日目にして早々とICUから追い出されたのでした。

一般病棟の個室に移った後、なぜか吐き気も気持ち悪さもなくなり、のどの奥に指やら歯ブラシを突っ込みたい気持ちもなくなって、「この数日間のあの吐き気は何だったんだ?」と、嘘みたいに穏やかな気持ちが戻ってきました。

その後は、2週間の絶食を経て、食事も水分も問題なく摂れるようになり、理学療法士さんの指導のもとリハビリに励み、入浴できるようになり、尿道カテーテルが取れて自分でお手洗いに行けるようになり、、、と、いつもの自分の体にだんだん戻ってきて、手術後39日で退院し、この6年間は、臓器移植の関係での再入院は1度もなく元気に暮らせています。

というそんなこんながあったわけで、とにかく全身麻酔に対して嫌悪感しかなかったのですが、

今回の形成外科の手術は、よく考えりゃ脂肪腫を切除するだけの1~2時間程度の手術でしたので、

恐怖の全身麻酔も意外とあっさり何の問題もなく、吐き気も気持ち悪さもなく、手術後の傷の痛みもまるでなく、痛み止めを1度も服用せず、手術後4時間後には1人で一般病棟の廊下を歩き、手術日当日には夕ご飯を全てたいらげ、4泊5日で退院できました。

今回形成外科で手術を受けて入退院をしてみて、臓器移植手術がどれだけ大きな手術だったのかを、改めて思い知らされたのでした。

とは言っても、全身麻酔も局所麻酔も嫌なもんは嫌なので、やっぱり健康第一です。
大きな手術になる前に、体に少しでも違和感があれば素直にすぐにお医者さんを頼って、なるべく小さな処置で済ませる事ができる様、気をつけようと思った、そんな今回の入院生活でありました。

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